2001年6月24日 からつボート

寺田快挙もVは艇王・植木

2マークこん身のスーパーモンキー

優勝を決めウイニングランでファンに手を振る植木通彦

ボートレースにまた新たな1ページを刻んだ。2001年からつグラチャン。唯一女子レーサーとして参戦していた寺田千恵があれよあれよの快進撃で予選を突破。準優は1号艇、しっかり押し切り女子では初となるファイナル進出を決めた。「いいのかなって感じですね。私でもやれるんだから他の女子選手にもやれるんだってところを見せられてホント光栄です」と女子選手達にも希望と勇気が伝わった。

さらにその優勝戦。当時枠番は得点ではなく抽選。「植木(通彦)さん、山崎(智也)君が先に引いて残ってたのが1号艇でした」とVへ最短となるポールポジションをゲット。さあ、ざわつくピット内。

それでも「さすがに優勝は無理とちゃう…」。当時『カネになる男』(今のイイ値このレーサー)を担当していた記者は勢いグリグリの“貴公子”山崎智也を取り上げてデスクに送信。しかし記者席に戻った瞬間本社から電話が…。主は長年本紙評論家としてボート界に数々の実績を残してきた西中準さんだった。

「千恵ちゃんが女子で初めて優勝戦に乗ったんやぞ。山崎なんか書いてきてどないすんねん」

お叱りの一言。慌ててタイトルを西中準さんのアドバイスで『名花一輪さあ寺田』に変更した。

結果はコース取りから地元の上滝和則(現選手会長)にプレッシャーをかけられ、インこそ死守したもののかなり深い起こし…。コンマ33と出遅れ快挙達成はならなかった。

そのレースを優勝したのが植木通彦(現ボートレースアンバサダー)。2コースから先捲り。1周1マークは3コースの上滝に差されたが、2マークこん身のスーパーモンキーで差し返し決着。約4年ぶりのSG奪還。『艇王』が完全に復活した瞬間でもあった。

 

<スポニチボート記者・柳川哲也>