1994年7月4日 住之江ボート

三角 強烈伸びで大金星

多摩川記念〝追配Ⅴ〟からミラクル快進撃

三角哲男が堂々の優勝。表彰式で笑顔を見せる。

ボート歴は30年を超えたが、こんなドラマのようなサクセスストーリーは見たことがない。始まりは1993年7月の多摩川周年記念だった。正式な出場メンバーに『三角哲男』の名前はない。欠場が出たため追加で出場した三角は、あれよあれよでG1初優出、初優勝をやってのけた。その権利で翌94年の平和島総理大臣杯(現クラシック)に出場。初のSGで初優出を果たし、今回の舞台・第4回住之江グランドチャンピオン決定戦の出場権を獲得した。
1994年6月と言えば、ベテランがまだ幅を利かせていた。24歳の松井繁はSGを勝つ2年前で、ドリーム2号艇のコメントでも「(大外の可能性が高いが)一応、カドを狙う」と。いま見ると笑えるが当時の進入はこれが当たり前だった。
三角はと言えば伏兵も伏兵。ところが予選4日目、注目を一身に浴びることに。「少し叩いただけ」のペラ調整が強烈な伸びを生み、準優勝負駆けに成功。準優も大外から「凄い伸び」で勝ち、優勝戦の本紙エンジン欄には伸びに◎を超えた▣が打たれた。
本紙本命は機力、リズムとも充実の吉田稔。対抗は1号艇の地元・立山一馬。三角は無印も「大駆けがあるならヤング弾・三角」の文字が躍る。本番、3号艇の井上利明が立山のインを奪うとスタンドが沸いた。次に沸いたのがスローが起こした直後。3コース高山秀則の艇が進まない…。ブルが入ったのだ。2コースになった立山が意地で捲って行くが流れる。カド4の林通が差し抜けたが、さらに最内を三角が、あわやL返還の高山まで回して差す。そして一気に伸ばした三角は2Mを先取り。林に差し返されたが、ホームでまたもや強烈に伸ばし、林を抑え込んでSG初優勝だ。
「僕、調子に乗っちゃうタイプなんです(笑い)」
もし、あの多摩川周年で欠場者が出なかったら…。“ミラクル三角”はこの年、賞金王決定戦(現グランプリ)の晴れ舞台にも立つ―。

 

<スポニチボート記者・森本浩司>