1991年6月25日 住之江ボート

今村を壁に西田が初戴冠

初代チャンプは関東の若大将

会心のインダッシュ!2マークで見事なツケマイを決めSG初Vの西田靖

グランドチャンピオン決定戦は「競艇6番目のSGレース」として新設が平成2年10月8日に、第1回大会の開催地と開催日が3週間後に決まった。大方の予想通り、ほとんどの大レース一発目を行ってきた住之江だ。今では考えられないことだが、平成3年は5月の笹川賞に続いて6月のグラチャンも住之江で開催されることになった。

その記念すべき第1回大会で本紙予想を仰せつかった。住之江のSGでは初めての任務。プレッシャーを感じたものだ。30歳になった“プリンス”今村豊がすでにバリバリで、新SG初代チャンプを狙う“モンスター”野中和夫との対決が注目のマトだった。しかし、優勝戦に野中の名前はなくムードは今村断然に。当日紙面の大見出しは「激走!今村・新時代」。枠番不問の強さに2号艇でも迷うことなく◎を打った。

対抗の〇に前年の賞金王決定戦ウイナー高山。絶好枠の西田に単穴評価の▲(当時の3番手の通常印は△だった)。4番手の×は気配が抜群の荘林。舟券は前日夜の展望番組で「進入は難解ですが、どんなコース取りになっても今村の一つ内から合わせて出て西田がSG初V。好配狙いなら西田のアタマです」と推奨した(1)流し5点を買った。

スタート展示(当時はスタート練習)が廃止され、相手の作戦が読めない中で今村は「前づけを入れる準備はあった」が他艇が動かず枠なり2コース…。さらに高山が“3カド”に引いてスタンドの大観衆はどよめいた。スリットから1コーナーは荘林↓高山↓今村の順に握って出る展開に。読み通り、期待通りに西田が今村をカベに初の栄冠に輝いた。2着に繰り上がり優出の桑原が入り、望外の好配に。思わずガッツポーズが出た“忘れられない”優勝戦になった。

 

<スポニチボート記者・宮 謙太郎>