四国から日本の頂点に

 

    ホームプールの鳴門は相性は抜群。成績も良かったです。本当の話、スタート練習をしなくても本番でバチッと決められる自信はありましたよ(笑い)。それだけ要点をつかんでいました。自分が走り出したころ、消波装置が竹の木を10本ほど束ねたものだったことを思い出します。手作り感満載で味がありましたね。
  私が現役の時、鳴門でビッグレースといえば周年記念と四国地区選というG1競走。鳴門周年記念では6回優勝していますが、地元では最低でも優出という気概でやっていました。初のG1タイトルをつかんだのが鳴門。75年の四国地区選で優勝したことで全国のファンに「徳島に中道というもんがおる」と分かってもらえたようです。
  ファン投票で選出される79年住之江オールスターでSG初優勝を決めます。その後、紆余曲折ありましたが、94年住之江SGグランプリで艇界の頂点へ。結果としてSG8Vを記録することができました。やはり鳴門での活躍があったからこそ、全国区のレーサーになれたと思っています。
 (本紙評論家)

 

艇界で頂点に立つことになった94年住之江SGグランプリ優勝で〝金冠〟をかぶる中道善博氏